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俺的BMXの歴史。

こんばんは。

わしはBMXを初めて何年たつのだろう?
と、思い返していました。

そもそも初めてBMXを所持したのは2003年。
中学3年の頃でした。
SCHWINN Sequence FS-2
catalog_schwinn_sequenceFS2.jpg

その頃は技とかなによりただ単にかっこいい自転車として購入し
どうせなら技とかできないかな?
とか思ってBMXFREEDOMとかいう雑誌を購入したけど、フラットもストリートもわからん上に、知識もくそもない俺には挫折以外の道はありませんでした。
今思うとなんとまぁなんとも言えないBMXですが、このBMXがあったからこそ今があるのは間違いありません。

その後、ときどき通学に使う程度であとは全然乗らずに倉庫で死んだように眠っていたBMXですが、
大学進学の際に通学用チャリとして一緒に京都に行きました。
京都で2年間通学のみで使っていたBMXですが、TCことたっしーと出会い、BMXのなんたるかを知ることに。
その時初めてストリートとフラットの違いを知り、youtubeでストリートの動画を見ました。
「俺にもできる」となぜか思いこみ、20歳の時、SCHWINNにてストリートデビュー。
たっしーからバニホ、マニュアル、等基礎的な技の存在を知り、ひたすら乗る。
そして、手首をTFCC損傷という恐ろしい怪我で壊す。
そして追い打ちをかけるかのごとく、SCHWINNとたっしーの24インチのBMX2台同時に盗まれる。

途方に暮れる。

しかし、盗まれたのをきっかけに、もう少し本格的なのを買おうとたっしーと話し合い、ネットで物色。
当時HUNGOUTの存在を知らなかったのが運のつき。
俺の中でBMX=HOFFMAN のイメージがあり、HOFFMAN=最強説が揺るがず、
2007年モデルのHOFFMAN RHYTHMを購入。
知識のない人間からしたら、自転車に5万て破格でした。
このとき、テンション最高潮だった模様。
RE2.jpg
何も知らないまま、「13.6キロとかくそ軽い!!」
かっけー!これで俺もライダーの仲間入り!!おしゃれ!たぶん何でもできる!!
と、こんな事を本気で考えていました。

しかし、梅小路公園でbuuyoungさんに会って、俺の中の何もかもが崩れましたとさ。
当時buuyoungさんのBMXが9キロ台半ばとかで、それを持たせてもらったとき、
(あ、だめだ俺のチャリ。BMXは軽くないと。軽さこそが正義。軽くないと何にもできない)
とにかくものすごい衝撃で、そこでBMXの改造に目覚めてしまいました。

始めて梅小路公園の水jamに行ったときにさかなクンことしんちゃんに出会い、俺の目標ができてしまいました。
まだ数十センチしか飛べなかった俺の目の前で80センチ越えのバニーホップを見せてくれて、さらに180や360など動画の中でしか見たことなかったいろんな技を目の前で見れていることに本当に驚いて、さらに実際にやってる彼が俺と同い年という事実。
この人みたいになりたい。この人みたいに飛びたい。この人みたいに回れるようになりたい。
と自分の中での目標が完全に定まりました。
このバニーホップを目の前で見たから今の俺あり。間違いなく。

同じ大学内でチャリ仲間がうっちーが新たに加わり3人で学校の休み時間とかに毎日のように乗ってました。
仲間がパーツを変えると自分も変えたくなって、仲間が少しでも上達すると、自分ももっとうまくならないとと思い、毎日馬鹿みたいに乗ってました。
水jamにも積極的に参加し、いろんな人の乗り方を見させてもらいました。
授業が空いたら、その時間でHUNGOUTに行き、パーツを見せてもらったり動画を見せてもらったり、やっとバニホ60センチ飛べました!!みたいな報告をしたり、成長している自分が本当に好きでした。
その頃のBMXがこれ。
RE3.jpg
このころになるとHOFFMANの完成車のパーツもなくなり、やっと本物のBMXに乗ることができました。
ひたすら最軽量を目指してました。
フレームを変えたことによりさらに本気になり、毎日夜中まで乗り、ひたすらしんちゃんに教えてもらう毎日。
どこに行っても何かしら使って遊べるしんちゃんが本当にうらやましかったです。
目標のしんちゃんも日々成長していってどんどん離されていきました。
今現在雲泥の差。
最近は動画でしか見れてないけど、彼はうますぎる。


その後、バニーホップも70センチを超え始め、二度目のフレーム交換
RE4.jpg
colony の bloody oath です。
前のフレームが壊れた訳ではないけれど、どうしてもこれがつけたくて交換。
当時buuyoungさんが使ってたフレームですが、かっこよすぎて同じものを買いました。
最高にかっこいいBMXだと思ってて、それだけで乗るのが楽しかったです。
このフレームにした頃から、ものすごく成長できたとふりかえる。
飛べる回れる。
フレームが変わるだけでこんなにも乗り味が変わるのかと痛感。
改めてパーツ選びの大切さを思い知る。
そしてやっとバニーホップ90の壁を突破。
まだこの頃360はできず。

bloody oathの寿命は思いのほか短かった。
わずか7か月でクラックが入り交換を余儀なくされる。
そんで次のフレームがS&MのRandybrown
このフレームは、プラティヤヤにて購入。
2009年9月
RE1.jpg
この頃が最軽量9,2キロ
このフレームにしてから回転系がつかめた。
苦節3年。やっと360完成。
バニホもやっと1メーター超えた。
長い間乗ったこともあって、このフレームにまつわる思い出はたくさん。
ノーブレデビューもこのフレームだったね。
このフレームが逝った今だからこそ言えよう。
これまでの中でも最高のフレームだったと。
3年半も壊れなかったこのフレームに感謝します。
20120623_160257.jpg

島根に帰ってからの俺はというと、乗る機会も減り、時々集まって乗ればいいやー程度でした。
自分の中の限界を感じてしまって、正直めんどくさくなってきてました。
だから島根に帰ってからの俺は全く成長してないし、向上心もほとんどない状態。

仕事も始め、ますます乗る機会がなくなっていましたが、そこで少し冷静になって考えた。
そして昔のことを思い出してみた。
毎日腐らすように過ぎていた京都の生活を面白くしたのは確実にBMX
BMXのおかげで毎日楽しくすぐせて、友達も増えて、自分自身もものすごく成長できたと思う。
仕事を始め、仕事が終わるとぼけーっとして腐らすように過ごす毎日。
ふと昼休みにBMXに乗ってみた。
するとものすごく楽しい。嫌なこと忘れられた。解き放たれた気分になった。
仕事が終わってからも乗ってみた。
学生時代本気でBMXに打ち込んでいる時を思い出した。

んで現在。
ほとんど一人だけど、BMXに乗ってる時間が本当に楽しいです。
毎日が本当に楽しくなってきた。
またみんなで集まって乗りたいです。ほんと。
一人はさみしいからね。
やっぱり自分はBMXが好きなんだなと、本気で感じた最近でした。

書き足りないこともたくさんあるけど、この辺でおしまい。

今年の4月でBMX始めて5年目に入ります。
5年前の自分が今の俺を見たらすごい喜んでくれると思う。

まぁまだまだへたくそだけど、これからまだ上手くなれると信じて頑張りまっす。

長々と失礼。おやすみ。
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Category: BMX

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